2018年3月5日月曜日

4月22日 念佛寺永代経 のご案内

4月22日 念佛寺永代経 のご案内

念佛寺永代経を来月22日に勤めます。
 
 真宗寺院の永代経は諸宗の永代供養とは異なる意味合いで勤まります。諸宗の場合は永代に渡り経典を読誦し故人の冥福を祈り供養するとされていますが、真宗寺院の場合は仏法を永く聴聞する機縁として執り行われます。
 
 故人の永代供養を済ませたら後は心配がないと思われるかもしれませんが、供養して安心している私自身が「たすからない身」である事を知らされるかどうかが問われてきます。真宗寺院の永代経は助からない私を必ず助けようと思い誓われた阿弥陀様の本願のお心をいただく大切な場であります。どこの真宗寺院でも結構です。どうぞご聴聞してください。

南無阿弥陀仏


念佛寺永代経

日時: 4月22日(日曜日)

時間: 午前10時 お勤め お勤め終了後住職法話
           
             休憩 
 
             午後2時 お勤め  お勤め終了後御講師法話


持ち物: お念珠  お勤めの本(お寺にも用意してあります)



御講師案内

西川 和榮 さん

 大阪・堺市の主婦で歌人の西川和栄さんにお話頂きます。西川さんは、昭和八年のお生まれ。子どもの頃から金沢で、仏法の信心が深い人々に囲まれて育ち、子ども心に大人が語る仏様の世界の不思議さに疑問と同時に感銘を受けて、その後の生涯を子どもの頃抱いた仏の世界、人間の世界に対する疑問の解決に向かって精進努力を続けてきた方です。(宗教の時間より)






春 彼岸会のご案内

春 彼岸会のご案内

梅花の時期になり、寒さも少し和らいできました。
来る3月22日に 念佛寺春彼岸会 を執り行います。


日時: 3月22日(木)

時間: 午後2時~4時 


(2時よりお勤め、終了後休憩を挟み住職法話)

持ち物:お念珠 (お勤めの本は用意してあります。)


どなたでも参加できます。

駐車場はありません。車でお越しの場合は周辺駐車場をご利用ください。

質問等ありましたらHPよりメールか電話で問い合わせてください。
急な変更がある場合はブログで案内いたします。

よろしくお願いします。


念佛寺





3月2日  念佛座談会

3月に入り少し暖かくなってまいりました。
この冬は雪の被害があり各地で大混乱でした。
まずは座談会での語録より


〇 明信寺師の仰せに。善知識の御化導を御註文の如く思い、教の如くならんとしても、それはなれぬ。喩えば紙の船や形を折って小供に与える時は、暫く眺めておって直ぐ解く。やがて元の如く折らんとするも出来ゆえ泣き出す。今もその如く仰せの如くならんとするも金輪なれぬ。 ただ仰せのままを聞くばかり。 

〇 姑が嫁に問う。「私を実の親と思うか」と。心にそう思わずとも嫁は「実の母の様に思います」と、答えるに違いない。処が実母が「私を親と思うか」と、若し問うた場合「そんなこと知らん」と答えても実の親子は何ともない。嫁と姑なら大変なことになる。思わねばならぬと思うだけが浅い。へだたりがある、垣根がある。 南無阿弥陀仏   『松並松五郎念佛語録』


 一つ目に「明信寺師の仰せ」とありますが、この方は岐阜の農家の生まれで香樹院講師と出遇った事がきっかけとなり出家された方です。その方の言葉です。

 二つ目は松並松五郎さん語録からです。
 どちらも喩えがわかりやすいですね。
 
 ここでは「こうせねばならぬ」や「思わねばならない」という事が問題になっています。仏教の本を読んだり偉い先生のすばらしい体験や境地を聞くと「あのようにならないと」「先生のように思わなければ」と何か信仰条件として思うようになります。
 
 しかし、それぞれ一人一人の業が異なるのでなかなか先生と同じように思う事や感じる事は出来ないものです。たとえそのような心を作り上げたとしてもすぐに流れ去ってしまいます。そのあたりは「教の如くならんとしても、それはなれぬ」ということでありましょう。そもそも阿弥陀様はそのような事を要求しているわけではありません。寧ろその作り上げた心が教えを素直に聞き受ける事の障碍となるものです。

 ですので、そのような心を頼りとしたり作り上げるのではなく、ただ阿弥陀様の仰せを仰せのまま聞くばかり、称えるままでたすけると阿弥陀様の慈悲をそのまま聞くばかり。こちら側の作り心は少しも必要ない事であります。 

 ナンマンダブツ

次回の念仏座談会は12日です。