2017年10月5日木曜日

2日念佛座談会

 まず、お知らせです。
念佛寺HPの『音声法話』にいくつか法話を追加いたしました。
どうぞお聞きになってください。
 さて、今回の念佛座談会ですが、
『松並松五郎念佛語録』からですが、非常に長い文章です。
 

〇ある夏の午後でした。見知らぬ老人が「松並さんのお宅ですか」「ハイそうです。どうぞお上がり下さいませ」「私は北海道旭川からまいりましたじじいでございます」「ええーそれはそれは遠方から有難うございます。終戦間もない折、大変でしたでしょうに」「実は一言お聞かせに預かりたくて詣りました」「いいえいいえ、私はその様な者ではありません」と申して念仏していましたが、腹の中では、尋ねて頂く私は何にもわからず〈おのおの十余ヵ国の境を越えて〉とありますが、この老人が、こんな時代に、ようこそようこそ、私でしたらそんな熱心はありません。尋ねて頂いた者より、はるばる北海道から尋ねて下さったお方こそ、尊くてよっぽど聞いたお方。よほど念仏申しなさった御方。そんな御方に、いたらぬ私が、こんな口で、何を語らん。術なく「有難うございます。南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏」老人も「南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏」。夕食後また「北海道のじじいが来ました。どーぞご一言と」手をついて、「はいはい有難うございます。南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏」と十時まで。翌朝食事後亦、両手をついて「北海道のじじいが来ました。御一言御願致します」と。「はいはい有難うございます」と念仏ばかり。昼ご飯後亦「ご一言を」と「はいはい南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏」。その間何にも申さず念仏、五日。一週間あたりからは、涙を流して両手をついて「どうぞご一言」「はいはい有難うございます。南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏」と。十五日間、その夜涙を流して「明日帰ります。どーぞご一言を」「はいはい南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏。十時です、おやすみ下さいませ」と。十五日間一言もなく、念仏ばかり。翌朝食後に「帰ります、どーぞご一言」と。「はい南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏」。合掌して私は台所で、おにぎりを作っていましたら、おじいさんは上がりかまちに腰かけ、地下足袋の小はぜをかけつつ独り言。「あーあ十五日間もお世話になりましたが、亦また手ぶらで帰るのかなー」と、つぶやいてござる声が、台所で弁当作っている私の耳に、つつぬけに聞こえて来る。そうしておじいさんの前に出て立ち、「おじいさんは耳が聞こえませんのですか」と「いいえ耳はよく聞こえます」「それなら十五日間も、南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏と、私やおじいさんを呼んでござったのが聞こえませんでしたか。助けるぞよ南無阿弥陀仏、ここに居るぞや南無阿弥陀仏と呼んでござる声を聞こえませんでしたか」「ええっー」と私を見つめ、コンクリーの上に座って大きな涙をぽとぽとと、両手をついては頭を上げては合掌し、南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏。私知らず知らずに涙ぽたぽた南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏。「おじいさん有難う南無阿弥陀仏」。おじいさんは何にも言わず顔を見つめては、南無阿弥陀仏。顔をさげては南無阿弥陀仏。手と手を握りしめて南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏。「帰ります」。涙と涙。その後一ヵ月余りすぎて手紙を頂きました。何にも書いてありませんでした。念仏ばかり、所々に巻紙に涙に涙のしみが点々と。  

○無学で何にも判らないから、南無阿弥陀仏に総てを仕上げて下されたから、そのまま頂きます。出来上がったものを受けるだけ。  


 この時、松並松五郎さんは45才の頃であったという事です。
松並さんは自らが建てた「念仏堂」にお住まいになっておられたのですが、そこは全国各地よりご聴聞に来られていたということです。
 更には、遠方より来られた方の為に寝具を用意し、料理も提供していたということです。今回も旭川より見知らぬ老人が「一言聞かせてください」と訪ねてきたという事ですが、
浄土真宗の聴聞はこの「一言聞く」という事に尽きるものでもあります。浄土真宗教義教理をこの方も老人も沢山学ばれたのでしょうが、最後の薄皮一枚が破れぬ、ということです。

 学ぶというと一般的にはその知識をより多く蓄えて理解していくということでしょうが、浄土真宗の学びはそれがかえって邪魔になることもあります。薄皮一枚破れない原因は どこか自分の学びを根拠にして教えを理解している部分があるという事でしょうが、その部分を残していては薄皮が破られることは決してありません。

 しかし、薄皮ですから破られる時は何も難解な論理などは必要ありませし、ややこしい道理などもいりません。ただ一言阿弥陀様の仰せ一言で破られるときは破られます。自分がどう思っているか、ということを必要だと思っているのであれば破れはしません。阿弥陀様が私にどう仰っているのか、ただこの一点この他に何もありません。

 長年ご聴聞していても受け取れない方もおられますし、すぐに阿弥陀様のお心をいただくかたもおられます。どちらにせよ阿弥陀様が私の為に私が仏になる総てを仕上げ、回向された南無阿弥陀仏をただ頂くほかに何もありません。そのまま頂きます。出来上がったものを受けるだけであります。

ナンマンダブツ
ナンマンダブツ

次回の念佛座談会は12日です。
6日は輪読会、22日は真宗同朋の会です。