2017年5月24日水曜日

22日 真宗同朋会

ここ数日は、まるで真夏のような暑さですね。
22日の同朋会も終わりました。

七尾から十数名の方がご聴聞に参られたので、いつもの雰囲気とはまた違ったものがありました。
しかし、丁度塀を修復中で時々大きな音がしており少々聞きづらい事もあったかとおもいますが、みなさん熱心にご聴聞されておりました。

さて、法話はいつも通りお念仏のお話しです。


・「汝の一切の罪は我が引き受けて罪を除き仏にする」一言で言えば南無阿弥陀仏は「汝を必ず助ける」のお誓いであり大悲心であります。

・一声一声のナムアミダブツに仏になる全部が仕上がっている。それを受け取るだけです。


「仏願の生起本末を聞きて疑心あることなし」とは一言で言えばナムアミダブツのいわれを素直に聞き受ける事に他なりません。しかし、素直に聞けない難しさがあるのも確かな事です。ご聴聞は「今」だれでも一声称え聞くところに阿弥陀仏に遇えるようになっている事を聞くということです。口から一声出てくるお念仏は私に届いている阿弥陀仏のお出ましです。称え聞き、念仏に親しみつつのご聴聞でお育てされていくものです。

ナンマンダブツ

2017年5月14日日曜日

念佛座談会

12日念佛座談会を行いました。
今日はご参加の方から、

「先方が毒を吹きかけようとも、こちらに解毒剤があるのだから何も案ずることも行き詰まる事もない。」

という言葉にみなさんどうお感じでしょうか?という事で、参加者の方々に感ずるところを話していただきました。
 ちなみにこの言葉は藤並天香さんの『人を継ぐ人』に収められているとのことです。

 藤並天香さんは多田鼎師を仰いでおられた方で、戦争反対を声高に叫んだ事によって特別高等警察に連行され片耳が聞こえなくなるような仕打ちを受けたという方です。

僧侶でしたが生涯寺に住すことなく生活は困窮を極めていたのですが、多田師同様社会的弱者に対して真っ先に行動を起こされ、厳しい状況の中でも如来の中に生きた人であったようです。
 この言葉を当時の藤並さんの心情ということではなく「今」私においてどのように受け取ったのか、そのことをそれぞれ話していただきました。

今日のテキストは『松並松五郎語録』から、少々長めです。

二十年悪い奴と知っても、吾々の知れたのは浅信と言うて、浅い信である。仏様は久遠劫来より三世に渡って、助からざる者と、見込んで助ける南無阿弥陀仏に成り給う。機と法とが一つの南無阿弥陀仏を頂けば、ある片面に我が機を照らし出され、ある片面にその者この機を助ける法を照らし出す。機(助からぬ)と法(助ける)、離すに離されぬ。南無阿弥陀仏を判り易く、二つに分けて御教化下されたのが、二種深信であります。私や、あなたが如何に知れたとて浅信、あさい信です。仏様は過去、現在、未来あい通じて、これから造る罪まで見抜いて、助からざる者と、仏様が、悪業のかたまりと見抜かれた事を深信と言うて、深い信である。其の者を救う、これが法の深信です。それが南無阿弥陀仏になりまします。南無阿弥陀仏を頂けば、頂くとは念仏申すこと、称えること、称えるままが悪い奴、助からぬ私やと言うている事でもあり(機の深信)、其の者を助けると言う呼び声でもあるのです(法の深信)。亦有り難うと歓喜でもあるのです。お礼にもなるのです。頼みもせぬに、私の知らない昔に、私の助けられる南無阿弥陀仏に成りまします、声の仏にてまします。生まれたままを助けるとある南無阿弥陀仏なるに。あなたに苦労させる、かける仏でない。苦労は親がして成就したもう南無阿弥陀仏を頂くだけ、称えるだけ、頂くだけ。呼び声なるが故に、口に現れ給う念仏を聞くだけ。

 私の口に現れ給う念仏のいわれを聞く、つまり「仏願の生起本末」を聞くという事ですが、こちらの松並さんの言葉にはそれが簡潔に述べられています。
 よくわからない方もおられるでしょうが、「わかった」となるのも怪しい場合があります。わかならければわからないまま口から現れるお念仏の声に親しみ、そのお念仏の云われを聞くところに真宗の聞法はあります。 

 ナンマンダブツ





2017年5月8日月曜日

輪読座談会

毎月6日の午後19時より輪読会をしております。
テキストは『聖典セミナー 教行信証「教行の巻」』(梯実圓)です。

 今回はp319 「親鸞聖人の他力不思議」からです。
「弁長聖人や良忠聖人と親鸞聖人の他力観の違いは各々の人間観や阿弥陀仏の味わいの違いがある」と梯先生は仰っています。
 
 弁長上人は全分の他力説を批判して「このこと極めたる僻事なり」といい、良忠上人は行者の三学力(戒定慧)と仏の加被力が相俟って修行が成就すると考えられました。親鸞聖人は自力を捨てて他力に帰することを明かしたのが法然聖人の浄土宗の真実義(浄土真宗)であると主張されました。

 弁長上人や良忠上人は、自分の力に阿弥陀仏の力が加わることによって浄土に生まれるという事、つまり自力に対して信頼があったのでしょう。しかし、親鸞聖人の人間観からはそのような自力に対する信頼はみられず、ただ阿弥陀仏の本願力を憑む事しか自らが救済される道を見出すことが出来ないという徹底した自力の否定であったといえます。
 
 人間観の違いから他力観も大きく異なっていった法然門下ですが、それによって「念仏している」という一つの事実を自分の行いとみていくか、阿弥陀仏の利他の活動相であるといただていくかの違いがでてきたということであります。

ナンマンダブツ

次回は6月6日です。
どなたでもご参加できます。
テキストはコピーでも用意しています。


2017年5月3日水曜日

2日 念佛座談会

今年は玄関前のヒラドツツジが沢山花をつけました。
去年は軍配虫の影響かわかりませんが、あまり咲かなかったので今年もどうかと心配しておりましたら、その心配を余所に見事に咲いてくれてくれました。

さて、今回の座談会は参加者の方から「易往而無人」についての質問があり、他の参加者共々考えてみました。

「易往而無人(いおうにむにん)」とは”阿弥陀仏の本願力によるから、本来浄土に往生する事は容易な事であるが、自力の心をすてて真実信心を得る人が少ないので、浄土に生まれる人がすくない”と、大体こういうお心になります。自力の心、つまり自分の思っている心なのですが、阿弥陀仏の仰せよりも自分の想定しているような解決方法などを頼りにしているということです。

 自分の中で自分なりの解決法を持っているのであれば阿弥陀仏の救済を受け入れる事はありませんが、本当に阿弥陀仏を憑(タノ)むのであれば、疑いなく慮りなく受け入れる事の外、何もありません。浄土に生まれる人が少ないというのは、それほど自分を頼りとしているのだということでありましょう。


今回のテキスト

・〈お念仏の御縁にあう〉と言う事は、乞食が億万長者になったより、まだまだえらい事や。この仕合わせを得させて頂いた事を、それ程にも喜ばん。これは如何なる事かと思いながら床に着いた。夢に「朝顔や その日その日の 風まかせ 南無阿弥陀仏」と出た。なるほど、こんな者が嬉しいと思っても、思わなくとて一緒や。私の心は阿弥陀様の方には、勘定の中に入っている。私は私のまま南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏、それでよいのに、私が承知せぬだけのこと。何か変わり目が見たいのが、私等の心、それはいらざる事や。  

・江州大浜の吉右衛門の老婆いわく。  この婆々は一生涯信心がえたいえたいと願いましたけれど、信心与えると、この婆々は怪我すると思召し、とうどう今日まで信心与えて下さらなんだ。まるきり助けられねば参られぬ婆々であったと、御助けに逢わせてもらいました。


理解は必要ありません。
そのまま味わってみてください。

ナンマンダブツ ナンマンダブツ




半々ですね


暫く楽しみます