2017年4月10日月曜日

一蓮院師に学ぶ

「ドレスコード」という言葉がありますが、日本語で言うと「服装規定」のことです。
 冠婚葬祭で参列する時や高級なレストランなどで食事などをする際には、相手や他の方にを気遣い、その場の雰囲気を壊さないようにという配慮の下に服装が指定されることがあります。

 例えば結婚式に列席する女性は白色のドレスを着用しないというものがあります。白色は新婦が着用する為に、それを引き立てるためにも参列者の着用は好ましくないということです。その反対に場違いな服装によって雰囲気を台無しにするという事もあり、その様な場合では、たとえ招待客であったとしても招かざる客ということになります。

平安時代、内裏に参内(天皇の御座所)する際にも服装の規定がありました。
 貴族の服装には束帯や衣冠、直衣、狩衣などがあり、参内する場合は衣冠、束帯が原則とされ、たとえ緊急の際にでも狩衣での参内は認められてはいませんでした。
 しかし、例外もあったようで藤原兼実の『玉葉』(日記)には娘で後鳥羽上皇の中宮であった宜秋門院が授戒の際に法然聖人を招内したことが記されていますが、法然聖人は正式に認められた服装は所持しておらず、規定には反するものでありました。

 当時、国に認められた僧侶には「僧位僧官」という位階があり、高位ともなると参内も許されていました。上級貴族の家柄の者が出家した場合には高い位が比叡山でも約束されていたようですが、法然聖人は無位無官の上、正式に許された服装なかったので本来参内する事が出来ないはずでした。
 しかし、中宮の授戒という要望をかなえる為に法然聖人が招かれたという事なので、規定に反して内裏に入ることが出来たようです。その時以外でも真偽は定かではありませんが、数回にわたり参内したという記録もあり、規定を破って内裏に入ってくる事を快く思わない人もいたようです。

一蓮院師の言葉に

「内裏にも蓑着(みのき)て入るやあやめ賣」といふごとく、弥陀のしたかふて浄土に入るなり。『行巻』命の字の左訓に「招引也(しやういんなり)」とあり。をもひ合すべし」

とあります。
 あやめ売りとは「菖蒲(あやめ)売り」の事です。今の時代に見る事はありませんが、昔はあやめの花を行商していた方がおられたのでしょう。

 そのあやめ売りが内裏に入っていくという事は、あやめを手に入れたいという内裏内の人からの要求があるからです。あやめ売りからすれば、内裏に入るという事自体恐れ多い事である上、服装を整え礼儀作法を身に着け恥を晒す事の無いように参りたいものでしょう。
 しかし、招く側の人は「あやめ」を手に入れたいわけですから、その目的が達成できるのであれば、風貌や性格、恥ずかしがろうがなかろうが、まして血筋や家柄など全く関係の無い事です。
 
 もし、あやめ売りに内面、服装、家柄などを整えてからあやめを売りに来いという要求であれば、あやめを手に入れるのに膨大な時間を要し、手に入れる事が出来なくなるやもしれません。いずれにしろ、急ぎあやめを手に入れたいのであれば、あやめ売りをそのままの姿で内裏招き入れるほかありません。『教行証文類』行巻の帰命の釈にある「招引也」とはそのようなお心であると言えましょう。 

「南無阿弥陀仏」は阿弥陀仏の悲心招喚の勅命です。
「そのままで必ず助ける」「必ず浄土に生まれさせる」との大悲のお心が、ナンマンダブツと口に届いている阿弥陀仏の喚声(よびごえ)です。

 阿弥陀仏が苦悩している衆生をそのまま助け、苦を除きたいという願心を起されているにもかかわらず、私たちは「自分の心を整えなければならない」と思ったり「善い人間にならなければならない」と思ったりするものです。
 「そのままで必ず助ける」というのは今生に於いて無尽の悪業煩悩を断ずることのできない煩悩具足の凡夫を急ぎ仏にするという阿弥陀仏のお心です。そのお心にしたがうという事は、取りも直さず「ナンマンダブツ」の喚声を聞くという事であり、喚声を聞くところに本願に誓われた通りのはたらきが我が身に成就するのであります。