2017年4月24日月曜日

永代経を終えて

念佛寺永代経も無事に終えることが出来ました。
天候にも恵まれ、土曜日という事で大勢のお参りでありました。

 今回は告知通り渡邊愛子光華女子大学非常勤講師によるご法話でしたが、まず驚かされたのは、インドやスリランカなどで広く着用されている民族衣装「サリー」での登場でしたので、普段には無い雰囲気により、今からお話になる事への期待の高まりを感じずにはおれませんでした。

 ご法話は「ジャータカ:芥子の種」という大変有名なお話の朗読(仏典童話)からでした。10年ほど前に先生が大学の聖典読書会でこのお話を紹介された時に、一郷正道先生が黒板に「身業説法(しんごうせっぽう)」とお書きになられたようですが、その時の渡邊先生にはあまり響く事がなかったようです。

 しかし、最近先生の経験された悲しい別れがその時の「身業説法」という言葉を呼び覚ますものとなり、改めて「ああ、身業説法なんだ」と、お感じになられた事を今回のご法話の中で丁寧にお話しをしていただきました。お参りの方々も静かに耳を傾け、我が事の様に聞き入っておられるようでした。
先生にもまた念佛寺にお越しになっていただけたら、と思っております。

ナンマンダブツ






2017年4月18日火曜日

念佛寺永代経のご案内(再)

念佛寺永代経を今月22日に勤めます。
 
 真宗寺院の永代経は諸宗の永代供養とは異なる意味合いで勤まります。諸宗の場合は永代に渡り経典を読誦し故人の冥福を祈り供養するとされていますが、真宗寺院の場合は仏法を永く聴聞する機縁として執り行われます。
 
 故人の永代供養を済ませたら後は心配がないと思われるかもしれませんが、供養して安心している私自身が「たすかならい身」である事を知らされるかどうかが問われてきます。真宗寺院の永代経は助からない私を必ず助けようと思い誓われた阿弥陀様の本願のお心をいただく大切な場であります。どこの真宗寺院でも結構です。どうぞご聴聞してください。

南無阿弥陀仏


時間: 午前10時 お勤め お勤め終了後住職法話
           
             休憩 
 
             午後2時 お勤め  お勤め終了後御講師法話


持ち物: お念珠  お勤めの本(お寺にも用意してあります)


御講師案内

渡邉愛子先生

京都光華女子大学非常勤講師
1946(昭和21)年、神奈川県生まれ。
大谷大学および同大学院で原始仏教を学び、京都光華女子非常勤講師。
著書に「ジャータカ物語」「仏典童話」ほか。


※車でのお越しの差は周辺コインパーキングをご利用ください。

不明な点はお問合せください。



2017年4月10日月曜日

一蓮院師に学ぶ

「ドレスコード」という言葉がありますが、日本語で言うと「服装規定」のことです。
 冠婚葬祭で参列する時や高級なレストランなどで食事などをする際には、相手や他の方にを気遣い、その場の雰囲気を壊さないようにという配慮の下に服装が指定されることがあります。

 例えば結婚式に列席する女性は白色のドレスを着用しないというものがあります。白色は新婦が着用する為に、それを引き立てるためにも参列者の着用は好ましくないということです。その反対に場違いな服装によって雰囲気を台無しにするという事もあり、その様な場合では、たとえ招待客であったとしても招かざる客ということになります。

平安時代、内裏に参内(天皇の御座所)する際にも服装の規定がありました。
 貴族の服装には束帯や衣冠、直衣、狩衣などがあり、参内する場合は衣冠、束帯が原則とされ、たとえ緊急の際にでも狩衣での参内は認められてはいませんでした。
 しかし、例外もあったようで藤原兼実の『玉葉』(日記)には娘で後鳥羽上皇の中宮であった宜秋門院が授戒の際に法然聖人を招内したことが記されていますが、法然聖人は正式に認められた服装は所持しておらず、規定には反するものでありました。

 当時、国に認められた僧侶には「僧位僧官」という位階があり、高位ともなると参内も許されていました。上級貴族の家柄の者が出家した場合には高い位が比叡山でも約束されていたようですが、法然聖人は無位無官の上、正式に許された服装なかったので本来参内する事が出来ないはずでした。
 しかし、中宮の授戒という要望をかなえる為に法然聖人が招かれたという事なので、規定に反して内裏に入ることが出来たようです。その時以外でも真偽は定かではありませんが、数回にわたり参内したという記録もあり、規定を破って内裏に入ってくる事を快く思わない人もいたようです。

一蓮院師の言葉に

「内裏にも蓑着(みのき)て入るやあやめ賣」といふごとく、弥陀のしたかふて浄土に入るなり。『行巻』命の字の左訓に「招引也(しやういんなり)」とあり。をもひ合すべし」

とあります。
 あやめ売りとは「菖蒲(あやめ)売り」の事です。今の時代に見る事はありませんが、昔はあやめの花を行商していた方がおられたのでしょう。

 そのあやめ売りが内裏に入っていくという事は、あやめを手に入れたいという内裏内の人からの要求があるからです。あやめ売りからすれば、内裏に入るという事自体恐れ多い事である上、服装を整え礼儀作法を身に着け恥を晒す事の無いように参りたいものでしょう。
 しかし、招く側の人は「あやめ」を手に入れたいわけですから、その目的が達成できるのであれば、風貌や性格、恥ずかしがろうがなかろうが、まして血筋や家柄など全く関係の無い事です。
 
 もし、あやめ売りに内面、服装、家柄などを整えてからあやめを売りに来いという要求であれば、あやめを手に入れるのに膨大な時間を要し、手に入れる事が出来なくなるやもしれません。いずれにしろ、急ぎあやめを手に入れたいのであれば、あやめ売りをそのままの姿で内裏招き入れるほかありません。『教行証文類』行巻の帰命の釈にある「招引也」とはそのようなお心であると言えましょう。 

「南無阿弥陀仏」は阿弥陀仏の悲心招喚の勅命です。
「そのままで必ず助ける」「必ず浄土に生まれさせる」との大悲のお心が、ナンマンダブツと口に届いている阿弥陀仏の喚声(よびごえ)です。

 阿弥陀仏が苦悩している衆生をそのまま助け、苦を除きたいという願心を起されているにもかかわらず、私たちは「自分の心を整えなければならない」と思ったり「善い人間にならなければならない」と思ったりするものです。
 「そのままで必ず助ける」というのは今生に於いて無尽の悪業煩悩を断ずることのできない煩悩具足の凡夫を急ぎ仏にするという阿弥陀仏のお心です。そのお心にしたがうという事は、取りも直さず「ナンマンダブツ」の喚声を聞くという事であり、喚声を聞くところに本願に誓われた通りのはたらきが我が身に成就するのであります。







2017年4月4日火曜日

4月2日 念佛座談会

毎回テキストを一応用意しております。
何度も同じ言葉をいただいておりますが、有難い言葉は何度も味わえるものです。
言葉が活きているという事でありましょう。

今回は、『松並松五郎語録』より


・南無阿弥陀仏に、人間の智慧を持ってゆく。其処え物差しをもって行く。人間で計られる様な法なれば、この私等は助からぬ。

・阿弥陀さんから信心もらうのではなく、阿弥陀さんをもらう。阿弥陀さんから念佛もらうと、思っていたが、念仏が阿弥陀さんであった。南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏

西田幾多郎先生の言葉

・迷いは罪悪の根源である。しかして迷いと云うことは、我々が対象化せられた自己を自己と考えるから起こるのである。

・わが心深き底あり喜も憂の波もとどかじと思う。


 松並さんにある方が「何年経っても信心をいただけません、どうしたらいいでしょうか」と尋ねられた時、松並さんは「あんたは信心は無理や、阿弥陀さんもあんたに信心やらんけど念佛与えると言ってる」「信心を得ることを諦めよ、私の方から信心を得る力はない、ナンマンダブナンマンダブ、これでいいんや」と仰ったということです。
 なかなかこのような言い方は出来ません。普通ならば、つい説明的になってしまいがちになりますが、松並さんは端的にその要点を語られます。このような言葉に出遇う事は本当に有難い事ですね。 

ナンマンダブツ
ナンマンダブツ

次回は12日です。
その頃には桜も満開になっているでしょうね。