2017年2月4日土曜日

2日 念仏座談会

今回のテキストは『香樹院語録』より


「帆を揚げて帆を揚げて航ぎ行く船に乗れば、岸が移るようなれども、岸の移るではない、舟の動くのじゃ。いま我々が、妄念悪業の水の動くときは、是れでは如何あるらんと、疑いの心を起すものもあらうが、たとい妄念悪業が起ればとて、摂取不捨の御約束の山は動きはせぬ。」


「吾々が身体と生命とは、時々刻々に未来未来と行くなれども、心一つは死なぬ死なぬと思う。大邪見なり。


 上の二つは香樹院師の言葉ですが、言わんとしている事が全く分からない、あるいは何となくわかるという方もおられましたが、その中でお互いに受け取ったことを話していただきました。

二つ目の言葉は非常に厳しいお言葉です。
この言葉の通りなのですが、身体や生命は刻々と死に行くものです。しかし、わたしたちの心は「まだ大丈夫だ」とか「あと10年は生きている」と思っているものです。そのようなわたしたちは「死」を普段から意識することがなかなかできませんし、死ぬような体験もよほどのことが無い限りできるわけではありません。では、どのようにしたら「死に行く存在」であると意識する生き方が出来るのかというと、実は聞法していくということが「死に行く存在」であるという事を確認する場なのです。
 日常生活は「まだ大丈夫」とか「元気が一番」ということだらけで「あなたは死にます」などと一言でも言えば嫌な顔をされます。聞法の場は「あなたは死にます」と本当の事は言いますが、「健康が一番ですよ」とは言いません。つまり「死」するという本当の事を繰り返し巻き返し教えてもらい、その死を自分の力ではどう足掻いても免れる事が出来ない者であるからこそ阿弥陀様が「必ず助ける」と仰っているのです。そこを何度も聞かせていただくのです。

ナンマンダブツ

次回は2月12日です。