2016年10月3日月曜日

念佛座談会 (10月2日)

10月になりました。

今年の秋は「秋晴れ」になかなか恵まれず、更には近年稀に見る日照時間の少ない年ということですが、本日はよく晴れ暑い一日となりました。

晴れていても雨であってもいつものように皆でお念仏に親しみ、その後、座談会となりますが、本日は香樹院徳龍師の言葉「香樹院語録」をテキストとし、師の言葉に伺いつつ信心を問うていきました。

この「香樹院語録」は念佛寺HPに載せてありますので、是非とも味わっていただきたいと願っております。


江州草津驛、合羽屋某に対せられての仰せに。  或ときは往生一定と思い、或ときは往生不定と思う。この二つをすてて、ただ弥陀をたのむことじゃ。

江戸淺草御坊にて、安心のことに就き、僧侶より何れが正しきや正しからざるやを、御尋ね申し上げたれば、仰せに、褄の上り下りは、着物着た上のことじゃ。裸体の乞食に其の議論はないぞ。 との御一言にて、みなみな感じまいらせぬ。


何度もこの語録は念佛座談会で味わって参りましたが、何度味わっても新鮮に味わえるものです。

「撫で付け安心(なでつけ あんじん)」という言葉を住職が紹介しておりました。

あまり聞きなれない言葉ですが昔は聴聞などの場に於いて使われていたということです。
「撫で付ける」とは櫛などで「押し付けて整える」という意味ですので、「撫で付け安心」は自分の心で作った自分なりの信心の形ということでしょう。

「凡夫の心は真宗の教義を自分に言い聞かせていつのまにか『わかりました』と、”それらしく”なってくるものだ」と住職。

仏法を信じていると思っていたが、いつの間にか自分の考えを信じて疑わない。
弥陀の呼び声に気付か無いのは自分の考えを信じている自分に気が付かない、ということであります。


弥陀の名号となへつつ
信心まことにうるひとは
憶念の心つねにして
仏恩報ずるおもひあり



「弥陀の名号となへつつ」というのはもちろん口に出しつつという事ですが、
呼び声を聞きつつ、という事でもあります。

「必ず助ける」のまことの声を
そのまま聞かせて頂くばかりであります。


ナンマンダブツ ナンマンダブツ





次回は10月12日です。