2016年8月20日土曜日

島根にいきました 完結

 「島根にいきました」はこれで最後です。

安楽寺さんから引き続きです。

安楽寺様から才一さんの家までは徒歩でもすぐの距離にあります。

事前に何も調べずに訪れた安楽寺様でしたが、安楽寺様には南より訪れる予定でした。しかし、道を間違えて本来曲がらなければいけない所で曲がらず通り過ぎた結果、才一さんの家の前を偶然に通りかかることになりました。

「あ、才一さんの家や」
「あー、後で寄りましょう」

ということで、安楽寺様を訪れた後に才一さんの家にも寄らせていただきました。

 浅原才一さんの自宅は今でも現存し公開されており、だれでも自由に出入りできるということで施錠はされておらず、私たちも少しの時間でしたが中に入らせていただきました。ちなみに才一さんが74歳頃に建てた家だということです。



今でも当時の空気感は感じれます


鉋屑に歌を書き留めていたのですね


中に入ると整理された遺品と作業されていたであろう仕事道具がありました。

才一さんの仕事場は車が行違える道路に面しており、光を多く取り込める部屋でした。私は勝手に狭苦しい部屋で作業していたのではないかと思っていましたが決してそのようなことはなく、非常に開放的で、風通しもよく、表の様子もすぐに伺えるような仕事場でした。ちなみに仕事場の右にかけてある提灯に「加島屋」とありますが、才一さんの屋号です。
 
お念仏を称えながら黙々と仕事する姿は、通りから多くの人の
目に留まったことでしょう。

 
お内仏

 才一さんは後生の解決がどうしてもつかず、聴聞を捨て、お内仏の扉を閉じたということです。
そのお内仏がこちらのかどうかはわかりませんが、命がけの聞法生活であったということは言うまでもありません。

「せきしゅ こばまは よいところ
ちしきにあわせて 弥陀をきく
なむあみだぶの もんにいらせて」

せきしゅ(石州=石見国)小浜はよいところ、と歌っていますが、才一さんにとっては辛い事が多かったのではないかとおもいます。殊に両親の事に対しては愛情というよりも「おやが死ねばよいと おもいました」と晩年に述懐しておられます。そういう中でも阿弥陀様に出逢わせていただき、よき師に出逢うことができた小浜を「よいところ」と喜んでおられます。才一さんのお念仏の声が今に聞こえてきそうな、そんな才一さんの家でした。是非訪れてみてください。

仕事場から見るお内仏
 


温泉津小浜を後にしたのは午後5時頃。この日は出雲まで足を延ばし、出雲にて宿泊。
17日(最終日)は早朝より出雲大社に行き木綿街道、昼食を松江城の堀北にある出雲そば処で済ませ、午後は足立美術館にいきました。この辺りはみなさんご存じの方が多いかと思いますので省略します。


大まかな計画はあったものの、詳細を詰めず、お盆のお参りを終えたその足で島根に向かった割には非常に濃密な旅となりました。幡谷先生に久しぶりにお会いすることが出来、浅原才一の息遣いが今にも感じられるられたことは本当に嬉しいものとなりました。ただ西宮からは長い道中でしたので多少疲れました。
 次はゆっくりと訪れたいと思わせる、そんな島根の旅でした。 
 
                        完


なむあみだぶつ なむあみだぶつ