2016年8月19日金曜日

島根に行きました 2 

「島根にいきました 1」に引き続きということで「2」としましたが、今回は「妙好人 浅原才一」に触れたいとおもいます。

 まず、「妙好人」というのは、念佛者をほめ称えていう言葉で、好人、上上人、希有人、最勝人とも言います。特に浄土真宗では篤信者をいう場合に使われます。
 
浅原才一は1850年(嘉永3年)石見国邇摩郡大浜村字小浜(現在の島根県太田市温泉津小浜)に生まれ、1932年(昭和7年)1月17日に往生されました。才一は50歳頃まで船大工でしたが、その後履物屋に転職し、それ以降は下駄を作り続けました。
 下駄を作りながら、その鉋屑などに書き留めた歌は、鈴木大拙師によると「日本的霊性的直覚が、純粋な形で顕われている」ということで、大拙師自身の著書である「日本的霊性」に才一の歌のいくらかが取り上げられています。
 
 才一は法悦三昧、念佛三昧の中で仕事をし、ふと心に浮かぶ心を不器用ながら書き残していますが、それによって仕事を疎かにはせず人一倍働いていたということです。その生活の中で生まれた歌は何か決まった形をとるようなことはなく、才一の宗教体験そのままに生まれたものです。
非常に有り難い言葉の数々ですので、機会があったらということではなく、是非味わっていただきたいとおもいます。
 
その浅原才一が生涯過ごした温泉津小浜を今回訪れ、まず才一が聴聞を重ねたお寺浄土真宗本願寺派安楽寺に訪れました。


才一が聴聞を重ねた安楽寺



本堂の中、左手に才一のコーナーがあります。





才一の使っていた遺品 


事前に安楽寺様にお伝えしておれば説明もしてくださるという事でしたが、到着時刻などが明確ではなかったためにお参りできる範囲でさせていただこうということになり、3人で本堂に上がらせていただきました。ちなみに施錠はされていなかったので自由に入れたのですが、たまたま開けておられたのかどうかはわかりません。


中央が才一 小柄で無口な方ということです

地元の日本画家 若林春暁作
角が生えていますね・・・
法名は「秀素」
上部の讃は安楽寺の梅田謙敬和上のもの





才一の歌は常に「なむあみだぶつ」でいっぱいになっています。それは才一の「なむあみだぶつ」はこちらに「ぶつかってくる」経験が歌になっているものです。才一の歌に

「わしが聞いたじゃありません、
わしが聞いたなありません。
こころにあたるなむあみだぶつ、
いまはあなたに打たれ取られて」

とあります。心に溢れるなむあみだぶつが才一の口より出で、その味わいが歌となって今日まで残り、こうして触れることが出来るのは残し伝えてくださった方々や、何よりもお念仏をよろこぶ人々が大勢おられたからでしょう。その空気に少しばかり触れさせていただきました。



なむあみだぶつ なむあみだぶつ