2016年8月2日火曜日

2日 念仏座談会

 
 
玄関前に『鹿の子百合』(かのこゆり)が咲いています。
この花は南九州に自生する百合の一種で特に『甑島』に多く見られます。
 
念佛寺の鹿の子百合は、我々が甑島を離れる際に持って来たもので、彼是30年前ほど経ちますが、いまだに花をつけてくれます。
 
 この花を見ると甑島を思い出し、夏休みの思い出はラジオ体操(副住職小学2年の時)に向かう前にお朝事を大勢の村の方と一緒に正信偈を勤めし、姉と2人本堂を出て港へ行く途中の商店街を抜け、豆腐屋さんの前を通る時には大豆の蒸しあがる香りを嗅ぎつつ、ラジオ体操の会場に足を運びました。
 
 あれから30年経ちますが、「今」に当時の思い出を鮮明に蘇らせるこの花は私の中に特別なものを味あわせてくれます。
 
 
 
さて、本日の念佛座談会はまず多田鼎師の「大行論」より抜粋したものでしたが、長文につき更に一部だけ掲載します。
 
・・・・いかに齢を重ねても、我心いささかも清まらず、我智少しも明らかにならぬ。徳、愛、力、真実のこれらのものが、我生活のどこに見出されるか。いつふりかえってみても、我が胸は常に雑乱しやむことがないではなか。この胸を抱いて、今にも来るべき死の無窮の暗闇にいることは、我としては堪えられぬ。さればとてどうにもならぬ。世界一切のものを挙げ来っても、自己全体の力を揮って来ても、この胸はどうにもならぬ。いかにもならぬかというて、どうとかせねばならぬ・・・・・
 
多田師については様々な見解がありますが、師のまっ直ぐな姿勢がこの文章から窺い知ることができます。わたしたちはとかく、安易に投げ出したり腰を下ろしながら「力及びません」と言うものですが、多田師は最後まで「(我が身を)どうにかせねばならぬ」という自身の心に正直であったようです。我が力及ばずから念佛の一道を開かせられることは如来の深重なる特別の思惟のためであると師は仰います。
 
 
後半は松並松五郎師の語録より(松並松五郎念佛語録ではありません)より
 
仏は握るのではない、私が仏さんに握られたノヤ。握られた証拠がナンマンダブツ、ナンマンダブツということや。仏さなに握られた姿が称名となって現れている姿であった。握られている中におる私であった
 
特に説明はいたしませんが、みなさまはいかが味わいになられましたか?
ナンマンダブツをカタカナ表記にしているのは、それが「音声」であるということです。
 
ナンマンダブツ ナンマンダブツ
 
 
次回は9月です。8月12日は休会です。
 
盂蘭盆会は8月10日 午後2時より です。