2016年5月9日月曜日

輪読会 (6日)

今回の学習箇所は前回に引き続き、「教行信証(教行の巻)」(梯実圓) P277~ でした。両重因縁釈の続きということでしたが、テキストの内容から

「業識」という言葉は、インド部派仏教などで輪廻転生を説明するために用いた語で・・・(P277)

から「輪廻転生」ということについて考えてみました。輪廻転生説は現代日本仏教において必ずしも受け入れらているわけではありません。
 というのも近代、仏教が研究されるにあたってヨーロッパ(フランス、ベルギー、イギリス)などの研究者(仏教徒ではない)が、その当時ヨーロッパを覆っていた合理主義的あるいは自然科学的思想背景をもって経典研究を進めていった結果、その影響を色濃く残し、輪廻転生を否定するような見解さえも現れてくるようになりました。また、輪廻転生は仮に説かれた教説で、釈尊の入滅以後に流入したという考えも出てくるようになります。
 しかし、現代仏教学者の間では、合理的な考えに合わせたことによって、輪廻転生説を排除してもよいのか?あるいは、ヨーロッパや日本だけの仏教理解で解釈するのは問題ではないか?(スリランカ、ミャンマー、タイ、チベットなどの輪廻転生説を排除している)ということが取り沙汰されるようになってきています。
 いづれにせよ、「ある」「ない」ということをすぐに決めつけるのではなく、輪廻転生説をもっと丁寧に扱わなければならないのではないか、と言う事をお互いに確認しながら学んでいくこととしています。

前半、後半通して、輪廻転生ということに終始しました。非常に難しく受け入れがたい事などもあるわけですが、仏教を説明しようとすると言わざるを得ない考えであるのも確かであります。その点、梯師のテキストは丁寧に作られていると実感させられます。テキストを最後まで読んでいくには非常に時間を必要としますが、私たちも丁寧に触れていきたいと思っております。