2016年3月12日土曜日

念仏座談会(12日) 次回予定も確認してください↓

先日、木村無相師の33回忌が福井県武生市にて執り行われ、多くの方がご参列であったということです。

 前半は住職の話からですが、「凡夫が真実に出逢っていたとしても、間違った判断をする場合がある」ということから、座談が始まりました。
・先の大戦での仏教者の行動や、あるいは、他宗教の「聖者」であっても善悪の判断を誤るということ。
・この世に生きているということは、罪を犯しながらいきている。
・純粋な善をおこせないのが凡夫であるということ。
など、われわれは真実に生きたくても生きていない。悪からはなれることができない、ということをいろんな事例、そして自身の経験をもってお互いには話しました。

後半は「信者めぐり」より
  三田源七さんが、和兵衛同行に

「いよいよその身におなりなされては再びお全快はできますまいが、今いよいよ出ていかにゃならぬがと思いなされたら、先は明るいものでございますか、暗いものでございますか」

と問うた。すると骨と皮になっていた和兵衛同行がニッコリ笑うて

「後生はあかるいかと云えば明こうもなし、暗いかと云えば暗うもなし、唯病気が苦しい一つよりないわいの、もしも明るいくらいをこの方で見にゃならぬようなことなら、無になる御方があるでのう、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」

と、苦しい中で、源七同行の問いを如来聖人のご催促といただいて、我身のしあわせを喜んでお念仏を称えられた。そばにいた親族で聞法者の政四朗さんがそれを見て、

「このご大病のうちに念佛称えなさるは、御恩と思うて称えなさるか」

と尋ねたれば、その時病人お声を張り上げ

「政四朗さん、政四朗さん、往生は仏仕事と聞かせてもらう上からは、機の上のことは聞かぬでもよいわの!」

このお答えがなんとも云えぬ嬉しかった、とある


以上、少々長い文章でしたが、それぞれにお心を聞かせていただきました。


☆ 次回の念佛座談会は  4月12日  です。



4月2日 休会ですのでご注意ください


    南無阿弥陀仏