2016年2月12日金曜日

12日 念仏座談会

いつものように念佛から座談会がはじまります。
最初に「舌を切られた仏を見たことがない」とはどういうことか?という質問から始まりました。みなさん、いかがでしょうか?
これは庄松同行の「ありのまま記」に収められているお話し


八 「諸仏さんの舌は落ちて居らぬ」
       上の一条は、伊予の国の同行、御慈悲について疑いが晴れぬゆえ御諭し下されと、はるばる訪ねて来たれば、庄松直ぐに門へ出て、屋敷を三辺ほど廻り、「往生はたしかなり、たしかなり。諸仏さんの舌は落ちて居らぬ」と申された。



「往生間違い無い」ということから歎異抄2章「弥陀の本願まこと」ということから、何故「まこと」と言えるのか?ということを考えていきました。



他には
・「聞法しているのに・・・こんな事ではだめ」と対人関係のなかから感じることがある、など日常からの事や、求道の中からの問題を話し合いました。

今回のテキストは「松並語録」より

 こんなことでは、これにてよし、とは定散自力の称名、定散二心に離れて南無阿弥陀仏と、称える、聞くのである。

○ 往生の道、と申されました。往生の訳なれば、わたしらはとてもとても 南無阿弥陀仏。

どのようにいただかれましたか?



次回の念佛座談会は  3月2日  です。